レクイエム・フォー・イノセンス

おとついのかんげき→NODA・MAP「ザ・キャラクター」@東京芸術劇場 中ホール
爆笑問題のニッポンの教養」での特集を観て、またほうぼうでのレビューの安定した評判のよさを見て、これは行かなくてはと思い立って出かけました。素晴らしかった。行って良かったです。

「モチーフになる事件」が存在している芝居って、それ自体は珍しくもなんともないのだけれど、年齢とともに「事件」がリアルなものになっていく。例えば日航機墜落なんかは「そういうことがあった」というレベルでの認知なのだけど、今回のテーマ(オウムの一連の事件)については「あのときわたしは」という言葉で語れる、事件に近い何かを内包して受け止めざるを得なくて、だからこそずいずいと迫って来るものがあった。以下ネタバレあるので畳みます。

・古田さん演じる「家元」は明らかにまともじゃない言動を繰り返すのだけど、その様があまりに自信に満ちて毅然としているから、周囲の人間はどんどん後戻りのできないところへと引きずり出されていく。大家や会計は「なんでこんなことに」「もう無理だよ」とぼやきながら、最後の最後まで家元から逃げない。特に藤井さん演じる会計は、序盤で脱走を画策し、その後も完全に洗脳された風ではないのに、最後の「あの事件」の実行犯にすらなる。それがある意味現実的で恐ろしかった。最初から病的さを漂わせている新人や、潜入取材のつもりが完全に洗脳されてしまうアポロンよりも怖かったかもしれない。
・りえさんはどうしようかと思うほど美しくて、そして精神と肉体の芯が強くて素晴らしかったです。マドロミを取り巻く現実は二重・三重に様相を変えるのだけれど、そんな中でも凛として立っていられるあの存在感たるや。そして、あの事件について改めて調べてみた中で、教祖が「彼女と前世では夫婦だった」と語ったりヌード写真集を信者に買わせていたということを知り、彼女があれから15年経ってこういう役を演じているという事実になんともいえない気持ちになったのでした。
アポロンとダプネーの神話がこういう結末につながるとは思いもよらなくて、同じシーンが繰り返された2回目は背筋が凍るようでした。アポロンのハイトーンで芯の強い演技が良くて、やはりこの話は「姉と弟」の物語なんだと思った。
アルゴス役の池内博之がすごくかっこよくて存在感もあって、背中で語っていた。しかし彼はなぜこんなにゲイめいた役が多いのか。アポロンへの迫り方がどうにも暑苦しいぞと思っていたら、ダプネーが「友情だかホモだか知らないけど」と言い出して、あー思い過ごしじゃなかった、と。
アポロンアルゴスの冷蔵庫のシーンは「レクイエム・フォー・ア・ドリーム」に次ぐ冷蔵庫ホラーシーンの定番になりそうな感じで怖かった。しかしシチュエーションとして恐ろしかったのは、ラストのほうで家元が冷蔵庫の中から叫ぶ台詞のほうかもしんない。状況と内容のミスマッチすぎるあれはいっそ気色悪かった。



この物語の核心は「幼さ」。現実の事件が「幼さ」で語れるものかどうかはわからないけれど、この「幼さ」は野田さんがNHKの番組で述懐していたように、あまりに広くはびこりすぎているという意見にも一理あると思う。それは「子どもが」「若者が」ということではなくて、たとえば1歳の子どもの泣き声が煩いからと木箱の中に閉じ込め5キロの錘を乗せた親は圧倒的に幼いし、生徒に手を出す教師も幼い。「いまどきの子どもはがまんを知らない」とか「ゆとり世代はこらえ性がない」とよく言われるけれど、子どもにしてもゆとり世代にしても、かつて「キレる14歳」と呼ばれたわたしたちの世代にしても、沼の底からぼこぼこと発生したわけではなく、大人に育てられてここにいるのだ。
では「幼さ」とは何か。人間は想像力の塊だと思うのだけど、その想像力の使い方を知らないことを「幼さ」と呼ぶのではないかと芝居を見ながら考えた。現実を見て、それをより良くしていくために何をすべきかを考える「想像力」は大人の武器だ。しかし、自分の都合のいいストーリィを次々と生み出し現実から乖離していく「想像力」は子どもがやぶれかぶれで振り回すナイフに過ぎない。子どもの振り回すナイフはせいぜい自分の指を傷つける程度だろうけど、大人がやぶれかぶれでナイフを振り回したらどうなるか。そんな事件については具体的に挙げるまでもない。
クライマックスに明かされる、弟から姉への最後の文字。「そんなことで」と叫ぶマドロミの悲しみは様々なひとの悲しみと呼応するように思えた。テレビのコメンテーターに馬鹿にされたのが嫌ならそいつらを殺せばいい。警察が捜査に来るならそいつらと戦えばいい。それなのに、彼らが手を出したのはいつでも「弱い方の人」だった。怒りや憎しみが向かうべきところへ向かわず、逆恨みのように弱い人を殺すという幼さ。「告白」の最後の章で森口が少年Aに向けて言う言葉をふと思い出した。
なんだか現代社会批判みたいな文章になっちゃったけど、そういうことがしたいわけじゃないのよね。でも、大人の精神を伴わない想像力は化け物みたいに人を喰らうのだなと思うと、この話は物凄いホラーだった。