局地的ガヴァネスブーム到来中

ジェーン・エア」を観に行くに当たって復習するべくこれを読んだ。

ジェイン・エア(上) (光文社古典新訳文庫)

ジェイン・エア(上) (光文社古典新訳文庫)

昔読んだ時は、ソーンフィールド館での話よりも、ゲーツヘッドとローウッド寄宿学校の話のほうが印象に残っていたが、それは昔はロマンスにまったく興味がなかったってことなのかもしれない。子どもがことごとく可愛げないのがかえって好印象でした。ヘレンの台詞「恨みを持続させるには人生はあまりにも短いと思うのよ」に激しくうなずく。ロマンス部分は芝居評で書いたので割愛。
でもって、ガヴァネスの背景を知るためにこれも読んだ。
ガヴァネス―ヴィクトリア時代の〈余った女〉たち

ガヴァネス―ヴィクトリア時代の〈余った女〉たち

働く女は惨めだと思われていた時代から、働く女は自分に誇りを持つべきだという方向への流れが、フェミニズム的にも真に迫っていて面白かった。が、文学作品の中のガヴァネスへの切り込みは微妙だった。面白かったのは「虚栄の市」のレベッカ・シャープと「ジェーン・エア」のジェーンの対比。
それを面白がるためには、やっぱりこっちも読まなくては!と思ってこれを読んだ。
虚栄の市〈一〉 (岩波文庫)

虚栄の市〈一〉 (岩波文庫)

2巻までは微妙だったけれど3、4巻は面白くて一気読み。「レ・ミゼラブル」のフランスの水道の描写とか、司馬作品の時代背景が延々と続くところとか、たまにイライラするよね。だからたぶん半分過ぎたところで「レベッカとアミーリア以外どうでもいいや」の境地に達したせいで面白くなったのもあると思う。レベッカはともかく、アミーリアやドビンやレディー・ジェーンといった善良な人たちの偽善者ぶり・器の小ささが好きだ。結局、善良も悪徳もコインの裏表なんだよなあと思う。
そして「ガヴァネス」で読んだ「『虚栄の市』のレベッカより『ジェーン・エア』のジェーンのほうが手に負えないとみなされた」理由にも納得。ジェーンが自我と自立心の塊なのに対し、レベッカは賢いけれど克己心自体は薄いというか。「頭の良さを鼻にかけているとレベッカみたいになりますよ」ってのは良家のお嬢さんには耐えがたいことでしょうが、「ジェーンみたいになりますよ」だと愛する人と結ばれるわ、自我を保てるわ、遺産が手に入るわ結構申し分ないじゃん!というわけで。
ただ、女が高額のお金を稼ぐ手段が遺産か結婚しかなかった時代でなければ、シャーロット・ブロンテはジェーンに遺産以外のお金の手に入れ方を考えたのかもしれないと思った。