ジェーン・エア

今日の観劇:「ジェーン・エア」@日生劇場


うっかり「14時開演」だと思い込んでのんびり朝ごはんを食べていたら12時開演でめちゃくちゃ焦った。普通に着いたけれど、時間のチェックは大切だと改めて思い知った本日。
私の「ジェーン・エア」初体験は氷室冴子の「シンデレラ迷宮」なんですよ。主人公の女の子がひねくれていて、いろんな童話を「こんな巧い話があってたまるかゴルァ」と思っているようなタイプなんですけど、その彼女が愛してやまない小説がジェーンだったっていう。しかも、あれに出てくる物語の登場人物って白雪姫の継母、白鳥の湖のオディール、眠り姫、ジェーンだったので、当時おそらく小学生で「ジェーン・エアってなんだ?」だった私は「とにかく読むべきだろう!」と思って図書館で借りた記憶が。…まあそんなわけで、ジェーンは勇ましくて勇敢で自由を愛する女ヒーローの原点だと思っているのですが。

結論から言うと、地味なミュージカルでした。しかし地味ながらも堅実で真っ直ぐなメッセージに満ち溢れている話でした。私はすごく好きな話だし、さっきも述べたようにジェーンには特別な思い入れがあるのですが。愛されない孤独な少女が、愛し愛されて生きることを知り、ひとりの女として自立していく話なので、それが派手になることは不可能なんだけどさ。みんなで歌える歌とか、わくわくするような曲がないっていうのは少し寂しい。
なにしろ長い話なのでだいぶはしょられていて、その中でも子ども時代の話、特にヘレン・バーンズに関する話に時間を割いてくれたのはとてもうれしい。しかし一方でテンプル先生がジェーンの汚名を晴らすシーンがなくなった(というかテンプル先生自体が消失した)のはちょっと残念。好きなキャラクターなんだよなあ。他にも消えたキャラクターは、リード家のジョン以外の従姉妹、乳母のベッシー(そのかわりソーンフィールド館にベッシーという女中がいて、これがいいキャラだった)、リヴァース家の姉妹…うん、まあ仕方ない。あと、セント・ジョンがジェーンの従兄弟だって伏線も消えてたな。
もう、とにかくたっぷり松たか子な舞台でした。3時間の間、舞台上にいなかったのが休憩除けば5分もなかったんじゃねえの?って感じ。なんせ地味で美人じゃない家庭教師なので、衣装も地味だしメイクも地味なんだけど、あれだけ美人オーラや令嬢オーラが出せる人が、庶民の地味な女を演じていて、それでもエネルギーがすごいからそっちに目線が行ってしまうっていうのはすごい。やっぱり天才だなあと思いました。歌もすごく良かった。優しい歌声もよかったけれど、自由を渇望する歌や、ブランチ嬢と自分を比べて「私があのひとに愛されるわけないわ!」と叫ぶ歌の迸り感がすごかった。この人きっと今に「欲望という名の電車」をやるね!絶対やるよね!
橋本ロチェスター氏は、今まで橋本さんを見た中で一番硬かったかもしれん。いやまあ、台詞芝居がこれほどできて歌もそこそこイケるタイプでは貴重なワイルド系なんだけどさ。そして気付いた。橋本さとし劇団☆新感線出身)がこういう規模の劇場でミュージカルでシングルキャスト、しかも自分と同等の役や先輩がいる状態って今までにないということに!バルジャンにはジャベール、エンジニアにはクリスがいて、だいたい4人キャストなので8人で色々共有できる。でもロチェスター氏はシングルキャストだし、同じくらいの比重を占める男キャストは他にない。そりゃ硬くなるなってほうが無理か。まあ、私は橋本さんはかっこよければオールオッケーな気分になってしまうので(声も好きだし)彼の芝居を観れただけでも十分幸せなんですが。ロチェスター様のワイルドで偏屈で頭がいい性格ってのも好みだしね。
あと「セリーヌとの恋とアデルのこと」「バーサとの結婚のこと」が全部入っていたのはちょっと驚いた。そしてその情報がきちんと伝わったことにも。まあ、これができるってのが橋本さとしの底力ともいう。
個人的にジェーンとロチェスターのやりとりって、果てしない口喧嘩プレイだと思っていて、本を読んでいると「一生やってろよ」な気分になるのですが、あれがプレイだと思わなかった人にはふたりの愛の芽生えが伝わったのかどうか、ちょっと気になりました。皆さーん、あれはプレイなんですよー!


山崎直子さんが非常に良かった。ジェーン母の歌い出しも慈愛に満ちていたし、バーサの悲しみすら感じさせる狂気の表現に見入ってしまった。レミゼのファンティーヌがさらに深化していそうで楽しみ。
・一方、小西くんは相変わらず…というか。うーん。顔とスタイルはいいんだけどな。
・子ジェーンすごかった。リード伯母さんを罵倒するシーンとか、「地獄に落ちないためには健康に気をつけて長生きすることにします」っていう小憎らしさとか。小憎らしいんだけど真っ直ぐな目をしたジェーンの良さが伝わってきた。
・ヘレンはなぜ大人が?と思ったけど、彼女の思想を表現するには子役だとちょっと難しいかもなあ。ヘレンの歌は非常に良かったです。
・地味に、しかしとても歌の巧かったリア、グレイス・プール、そしてベッシーに感動。
・グレイス・プールは非常に良い芝居をしていたと思うんだ。
・ブランチ嬢はソプラノ歌手ということで、メゾソプラノ・芝居歌いのジェーンとの対比は良かったんだけど、ちょっと歌多すぎるような。勿体ない気持ちはわかりますが。
・フェアファクス夫人の真骨頂は「月とスッポン」の後で自分の結婚を思い出して泣きながら「おめでとう」という、あのコミカルさにあると思う。
・旗を使った馬の演出や、群唱の使い方がすごく良かった。


ジェーン・エアキリスト教的世界観に裏打ちされた作品で、それゆえに日本人にはわかりづらい…と言われることがあるけれど、私その捉え方ってどうかと思うんですよね。例えばリード伯母が死の間際にジェーンに会って「あの子が憎い」「あの子に言われたことが忘れられない」と恨みと葛藤の中で死んで行くんだけれど、そういう気持ちだと穏やかにいけないよね…っていうのはキリスト教的神を信じるか否かとは別のところにあるわけで。神様はどこにでもいて見守ってくださるという考え方や、試練はそれを乗り越えられる人のもとにしか訪れないという考え方は、きわめて普遍的だと思っています。
まあ、二言目には「神様は」ってなると「わかんねーよ」と思う人もいることは想像に難くないですが。
一番わからんのはシンジュン(St.Johnをこう呼ぶけどシンジュン表記・読みだと韓流スターみたいだから私は「セント・ジョン」表記・読みのほうが好きだ)の神への奉仕>>>>愛情っていう考えかもしれないけど、「そんなの私は欲しくない」と撥ねつけてロチェスターのもとへ戻るジェーンの気持ちを想像するのは結構容易いと思うんだ。

みなし子で美人ではなく、取るに足らない家庭教師のジェーンが自由を求めて戦い、ご都合主義な終盤の展開こそあれそれを手にする様子は、きっといろんな人を勇気づけただろうと思うのです。だから「私は今では自立した女です」と笑ってロチェスターに寄り添うジェーンの強さが、松さんを通して見れたことを幸せに思います。
サントラ欲しいけど無理そうだなあ。1幕ラストの曲の不協和音っぷりがどこまで狙いだったのか確かめたい。